「浅草花やしき」とは、東京の浅草にある日本最古の遊園地とされています。ローラーコースター国産初ともいわれていて、敷地面積5800㎡。海外からの観光客にも人気で、地元の子供たちにも愛される遊園地です。

また、その遊園地から生まれたのが、「花やしき少女歌劇団」です。

エンターテイメントを通して、地域の活性化や同年代の子供たちに、歌や踊り、演技などでメッセージを送り、芸能発祥の地である浅草で「清く・正しく・楽しく」を合言葉に華麗なステージを展開しています。

現在、小・中学生の少女たち約40名が在籍しており、毎週日曜日には花やしき園内のステージに出演されています。出典:花やしき少女歌劇団

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木村唯とは?


出典:木村唯twitter

木村唯(「花やしき少女歌劇団」所属,3人組ユニット「乙女CO”CORO」元メンバー,
2人組ユニット「SUMMER!フラワー」(2014年~),1997.8.13生まれ)
2011.9.3 宮城県大崎市鳴子温泉で開催された「第57回全国こけし祭り」に、
「花やしき少女歌劇団」選抜チームの一員(「乙女CO”CORO」メンバー)として参加する
2012.3.15・16 体調が悪くなって寝込み、翌日、学校を休んで病院に行く
6.21~7.11 3週間にわたって、咳が止まらない状態が続く
10月 母親に「私、足が痛いんだけど」と訴え、病院で診察を受けた結果、
「遺伝子突然変異による横紋筋肉腫」と診断される&ガンの転移を防ぐために、
右足を切断しなければならないと言われる
2013.7.18 10時間に及ぶ右足切断手術が行われる
出典:著名人の病気や体調不良・訃報報告wiki

 

2013年の手術後、いよいよリハビリが始まろうとしていた最中、18歳の少女には受け入れがたい現実が…再転移という宣告が突き付けられます。

 

さらに状況はもっと悪く、肺とリンパ節に転移。血液検査の結果、強い抗がん剤治療も受けられないということが判明したそうです。

 

そんな状況にも関わらず、唯さんは「お客さんが嫌な気持ちになったらどうしよう」と常にお客さんのことを気遣っていたといいます。

 

ご自身の体調が悪くなる中でもステージに出続け、歌っていたといいます。

 

2015年6月28日、唯さんは150人の観客の前で2時間以上のステージを歌いきりました。
ガンで闘病中、病院で仲良くなった友人たちもたくさん駆け付けたといいます。

しかし、このライブが彼女の最後の表舞台となってしまいました。

死去 2015年10月14日

闘病もむなしく、2015年10月14日に木村唯さんは18歳という若さでこの世を去りました。

出典:@Heaaart – アットハート

入院中に母親に「私を可哀想だとは思わないで。私は十分幸せだから」と話しご自身が復帰する姿を夢見て最後まであきらめなかったといいます。

 

ご自身が死ぬかもしれないという状況下の中で、人を元気づけるアイドルとしてステージに立ち続けるという、ファンへの思いが痛いほど伝わります。

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再び話題に

唯さんの死から1周忌が経ち、この木村唯さんのエピソードは、2016年3月3日深夜に「NONFIX:それでも生きて歌いたい~片足のアイドル 木村唯・18歳~」として放送され大きな反響を生みました。

出典:youtube

そしてついに今年2017/10/06に木村唯さんのがんの影響で右足を失いながらも、ステージに立ち続けた軌跡がついに書籍化されました。

生きて、もっと歌いたい 片足のアイドル・木村唯さん、18年の軌跡新刊
著者 芳垣 文子 (著)

 

18歳と若くして亡くなられた唯さんですが、片足をなくしてもステージに立ち続け、自分の夢に真っすぐに生き抜いた様は本当に勇気をもらえます。

 

最後まで自身の芯を貫いた、木村唯さん。ご冥福お祈りいたします。

 

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